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エンタメ・その他2014/07/25 12:00

『接吻』にみるキスの意味

人は何をするにも、そこに意味を見出そうとする。それがキスの場所であろうとも。その意味の根拠とは? オーストリアの有名なフランツ・グリルパンツァーの『接吻』からキスの意味を見てみる。

詩から観るキスの世界

詩から観るキスの世界

photo by Chealse V

いつからか、まとめサイトやツイッター等でキスをする場所で意味が変わると話題になっている。

目にしたことのある人も多いだろう。しかしその出典や根拠とは何なのか。心理学的なものなのかとも思ったがどうやらそうではないらしい。

どうやらオーストリアで最も有名な劇作家のとある詩が元になっているようなのだ。

Franz Grillparzer “Kus”(1819)

Auf die Hande kust die Achtung,
Freundschaft auf die offne Stirn,
Auf die Wange Wohlgefallen,
Sel’ge Liebe auf den Mund;
Aufs geschlosne Aug’ die Sehnsucht,
In die hohle Hand Verlangen,
Arm und Nacken die Begierde,
Ubrall sonst die Raserei.

フランツ・グリルパルツァー「接吻」(1819)

手なら尊敬
額なら友情
頬なら厚意
唇なら愛情
瞼なら憧れ
掌なら懇願
腕と首なら欲望
さてそのほかは、みな狂気の沙汰

狂気の意味とは

『接吻』にみるキスの意味

photo by ClickFlashPhotos / Nicki Varkevisser

外国では太古より、キスが挨拶の1つとして行われてきた。そのためそこに意味がついてくるのは考えてみれば必然だ。

しかし日本では明治時代までキスのことを「口吸い」と言っていた。そのため元よりキスを口以外にする文化がなかったのではないかと思うのだが、真偽の程はいかに。なにはともあれ、痺れる詩である。どのキスも想像に容易い。

元より手へのキスはその人への敵意がないこと、「忠誠」を誓う手段であった。

頬へのキスは、好意ではなく厚意であるところもポイントであろう。厚意とは、他人が自分に示してくれた思いやりの気持ちを指す。その温かい気持ちのお礼としてキスをするのだと解釈すると、響くものがないだろうか。

そして掌のキスについては、昔フランスにおいてプロポーズの意味があったのだという。そのため「懇願」と捉えられているのにも納得である。

最後「そのほかがみな狂気」とされているのは恐らく当時、人に魅せるべき部分ではなかったからだろうと推測する。夜のベッド以外で晒すことのない部分。

だからこその狂気、なのだろう。あくまで私の推測なのだが。

どんな人物だったのか

どんな人物だったのか
著者であるフランツは1791年1月15日にウィーンに生を受け、官庁に勤めながら1856年に65歳で退職するまで宮廷劇場の座付作家をしていた。

その生涯は、中々に不幸と苦難に見舞われたものだったようだ。それでも晩年に脚光を浴び、100オーストリア・シリング紙幣の肖像にもなっている。1872年1月21日に生涯独身で幕を閉じている。

温故知新

日本でフランツの作品は『接吻』以外、中々ネット上にも出回っておらず翻訳すらされていないようである。しかしオーストリアでは彼の残した名言集など、沢山あるようだ。

このように有名な詩などから観る世界というのもいいかもしれない。掘り下げてみると面白い。時代と共に変わるもの、変わらないもの。それぞれを考え、識ることができる。

ついでに22の部位、全てのキスに意味がつけられたのは『キスの場所で22のお題』http://lomendil.maiougi.com/kiss-title.htmlが元ネタである。こちらの運営者が独自に追加した内容のようだ。

WRITER

Toru

Toru

本と映画が好き。音楽も好き。漫画もアニメも好き。自身を満たすそれらの魅力を少しでも伝えられたら幸い。雑食のため、薦められたままに食します。